今すべては去る、疾風とともに。
船は雪のように白い帆を広げ、
傾く帆柱は空に屹立し、吹きつのる突風は歌う、
さらばイギリス、さらばただ一人の人と。
今もまだむかしのままの私であったら、
昔眺めたものを、変わらずにながめられたなら。
神の恵みあれかしと激しく祈った、
その胸に今も休らえられたなら、
もとより異国などは求めない。
生きる歓び、そして深い悲哀をもたらした瞳、
二度と思うまいと努めたが、
息を止めようと願うほどに無意味だった。
こうして今アルビオンを去るのに、
私の心には、いまだ一人の人しか棲んでいない。
不実な美しい顔をわすれようと、
今私は水泡を超え、異国に棲み家を求める
この上なく貧しく、こよなく哀れな者も、
いつかは心暖まる炉端を、世界のどこかに見いだす。
だが、休息の地など永久に見い出せまい。
胸の暗がりを追いやれず、
いつまでも一人を恋し続けるだろう。
そこでは、友情か愛情の柔らかなぬくもりが、
喜びには微笑み、悲しみにはともに涙する。
だが私にはそれは訪れまい、
ただ一人しか愛し得ぬゆえに。
私は行く。だがどこに去ろうとも、
私のために涙する瞳はない。
望むほんのひとかけらのぬくもり。
それすら私には見い出せぬ。
私の望みをうち砕いたあの人も、嘆くことはすまい。
私がただ一人しか恋さぬにしても。
過ぎ去りし思い出のひとつひとつ、波の調べとともに顧みれば、
心弱ければうちのひしがれもする。
しかし私の心はもう痛みにも馴れ、
それでいてやはり昔のままに鼓動して、
いまだ、ただ一人しか思い得ぬ。
かくも恋された人の身の上を、
他の人の目には晒すまじ。
過ぎ去った恋がどのようにして破れたか、
君だけが知り、私だけがよく悲しむ。
この日のもとに暮らす者のうち、
かくも永く、かくも一人を恋したる者はない。
君のように美しいと目に映る、
他の女のくびきに繋がれそうなとき、
いずこからか、うち克ちがたい呪力が現れ、
血を流す私の胸にこう命じた、
ただ一人以外には心を移すなと。
永遠の別れの今、
君に加護あれと祈ろう。
この海を渡り、彷いゆく者のため、
君の瞳が濡れるのは願わない。
家も望みも、青春も去り、
だがなおも私は恋をしている。
世にただ一人の君を。
さらばイギリス、さらばただ一人の君。
ジョージ・G・バイロン
島田荘司訳