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島田荘司のデジカメ日記
第61回
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4−25(水)、天使たちの飛行。
LA、ダウンタウンの西のはずれには丘があり、ここにはケーブルカーがある。LAの観光名所のひとつだ。ケーブルカーといっても、近くの柱に張られた説明文によれば、33度の傾斜を持つ坂を、わずかに325フィートほど登り下りするミニ鉄道で、まあエレヴェーターのようなものだ。
エンジェルズ・フライト、天使たちの飛行と名づけられたこのケーブルカーを、もうずいぶんと以前から小説の発端の舞台にすると決めていて、だから気になって乗ろうと思っていたのだが、丘の上に用がないものだから、延び延びになって今日になった。ここは近くに車を止める場所がなく、有料パーキングに入れるとビジネス街なのでけっこう高い。しかし車以外では来る手段がないから、それなりに一念発起してやってこなくてはならない。ヤオハンだの飲食店街だののリトル東京は、もっとずっと東になる。
カメラを持ち、決心してやってきてみたら、なんと線路はあるのに電車の姿が消えている。まずい、もう廃線になっていたかとあわてて横の階段を駈け登った。丘の上の終点とターミナルはすぐそこに見えているのだが、自分の足で登ってみると、急いだせいもあるが、これがけっこうきつい。なるほどこれならケーブルカーを造ろうという気にもなるなと知った。
下のゲートも、頂上の駅舎も、日本人にはなんとなく神社を思わせる赤い色彩と造りなのだが、ようやく登りつめてターミナルの窓のところを見ると、臨時に工事中とある。近く再開するつもりとあるから、まだ廃線にはなっていない。安心した。これがなくなっては小説が困る。
駅舎からLAの街が見降ろせる。なかなか見晴らしはよい。これは一等地だ。写真を撮ってから駅舎を離れ、丘の上を歩いてみると、思いがけずパラダイスがひらけた。コロシアムかコンサート会場のような造り、広場の中央には池があり、岸には洒落た彫刻作品が立っていて、ちょうど昼食時だから、スーツ姿のビジネスマンやOLたちが、アウトサイドのテーブルでランチをしていた。
丘の上は、ホワイト・カラーたちの別天地だった。真白い襟元、清潔な印象の彼らが、いわばエンジェルズ・フライトに乗って毎朝丘に登ってくる天使たちというところだろう。一方丘のふもとは、どちらかというと治安もよくなく、薄黒く汚れた服をまとったホームレスたちが暮らすエリアにあたる。ニューヨークも、摩天楼に上れる者たちはエリートというが、ここLAでも丘の上と下とでははっきり明暗が別れている。丘の上に通勤できる者は、一部のエリートたちということらしい。
こんなふうにアメリカはなかなか容赦のない社会で、仕事がない者には本当に仕事がない。だからガールフレンドに食べさせてもらうほかない。ハンサムならそれも可能だが、そうでない者には厳しい。しかしカリフォルニアの救いは、こういう男性を嘲笑する人情がまだ育っていないことだ。日本社会もいよいよ失業率が増して、このところアメリカに迫ってきた。そうなると、急いでやらなくてはならないことはカリフォルニア並みの人情作りだ。これを用意してから失業者を出さないと、日本はますます重度軽度の精神障害者たちの国となり、自殺者の王国となることが目に見える。
石段を下り、庶民の下界に降りて説明文を読んでみる。この丘はバンカーヒルと呼ばれ、発見開発したのは南北戦争の英雄、ジェイムズ・ワード・エディ大佐だった。彼はエイブラハム・リンカーンの友人でもあり、しばらく政治の世界にいたが、これにうんざりして西にやってきた。そしてこの見晴らしのよい丘を見つけ、頂上に邸宅を建てて住んだ。やがて豊かな者たちがやってきて、彼の家の周囲に住みつくようになり、そこでエディ大佐は、斜面にケーブルカーを造って、丘の上のパラダイスと下界とをつなぐことを思いついた。
ケーブルカーは、1901年の大晦日に開通したらしい。オリヴェットとサイナイという名のふたつの車両が上下する、世界一短い鉄道だった。1日400回、24時間のうちの18時間、週のうちの7日、つまり毎日、開通当時は主として丘の上の豊かな人たちを下に、そしてまた上にと運搬した。料金は1セントで、エンジェルズ・フライトと名づけられ、やがて下界の住人たちも利用するようになったが、貧しい彼らは、これを天国への1セントと呼んだ。
料金を払えない人たちのため、エディ大佐は横に石段も造ったから、金儲け主義者とは言われずにすんだ。間もなくエディは、丘の上のターミナルのところに搭状の展望台も造ったが、地盤沈下で危険になったので、これは1938年に取り壊した。
今は運賃がいくらなのか知りたかったが、乗れなかったので解らない。電車が戻ってきたら乗りにこようと思う。
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