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「難事件の依頼を受けて冒険しようというゲームなのに、断ってどうするのよ」 どうやら私は最悪のプレイをしたらしい。 「でも、ボクの正直な気持ちとして事件に巻き込まれたくないっていうか」
「やめてよ。ゲームなんだから、それじゃ始まらないでしょう。ハイ」 里美に促され、私は再びゲームをスタートし、不本意ながらも選択肢を選び直した。
「ああ、言われる通りにしたぜ」 「オーケー、カズミ。とてつもないことが起きたわ」 「その言い方、オレには煽りにしかならないって知ってるだろ」
「だったらすぐシャワーを浴びて、シアトル行きのチケットを買って」 「なぜだ」 「例のダークピラミッドに連続殺人犯が逃げ込んだの」 興奮するサブリナにオレはこう答えた。
@オーライ、十分でホテルを出る Aダークピラミッドって何だ? B連続殺人犯だと? Cそんな危ない仕事はインディ・ジョーンズに頼んでくれ
私の本音はC番を選びたかったが、後方から刺すような視線を感じているため、@番を選ぶ。ところが、またギャラリーから「あれっ」という声が飛ぶ。
「先生、ダークピラミッドや、連続殺人犯について知ってるの?」 「まさか。今聞いたばかりなのに」 「じゃあ、そのことについてサブリナに尋ねないとダメじゃない」
「え、そういうものなの?」 どうやらノベル式のアドベンチャーにもいろいろと正しいやり方があるようだ。私と里美の間に岳が割って入った。
「まあ、とりあえずプレイ方法はおわかりいただいたと思いますので、石岡先生どうでしょう。このゲーム機ごとご自宅にお持ちいただいて、ゆっくりプレイされては? ギャラリーが囲む中では、ご自身のお好きなプレイもやりにくいでしょうから」
「ああ、まあ…」 「それでプレイ中にお気づきの点をいくつかご指摘いただければありがたいのですが…」 私はちょっとゾッとする。やり方は覚えたにせよ、プレイするとなれば最後まで解くことが前提なのだろう。だとすれば私にとっては難解な宿題を与えられたに等しい。しかし、一応私は監修者なのだからそれは当然の責務なのだろう。
「先生そうしましょうよ。私も協力するから」 里美の口添えもあり、私はうなずかざるを得なかった。
私が再びガクガク・プロジェクトのオフィスを訪れたのは、ゲームを借りてから十日ほど経ってからだった。自宅に持ち帰った当初は、あまり気乗りがしなかったのだが、試行錯誤を繰り返して、ゲームを進めるうちに徐々に好奇心が加速していった。なにしろ選択肢を失敗してゲームオーバーになっても、また違う選択肢を選べばいつかは正解に辿りつくので、まったく進めないという状況にならないのが私に向いている。そして、ゲームが進行すれば、謎が解けたり、スリリングな場面があったり、ほとんどゲームをやらない私が言っても説得力はないが、よくできていると思う。またあちこちに私の著作のワンシーンや、登場人物を思わせる描写も散りばめられていて、うまいと感心もした。
「面白いと思いますよ」 私は岳に会うなり、興奮気味にそう言った。 「この一週間はほとんど他のことが手付かずでした。二日ほど徹夜もしましたしね」
「そうですか。いやあそれは嬉しいなあ」 少し疲れ気味に見えた岳だが相好を崩す。 「ピラミッドの中で犯人を追いかけて、真っ暗な部屋に入る場面がありますよね。あそこなんか、どの選択肢を選んでも犯人に襲われそうで怖かったです」
「アハハ、それならこちらの狙いどおりです」 「他にも、主人公がちょっとしたことで眩暈を起こす設定は笑いましたね」 「どうやら堪能していただけたみたいですね」
「もう朝から晩までですよ。里美ちゃんから、そういう状態を"ハマる"って言うと教わりました」 「どんどんハマっちゃってください」 いつになくハイテンションな私は、バッグから用意してきたレポート用紙の束を取り出した。
「それで先日おっしゃられていた、気がついた点なんですが…」 「ええ、是非お伺いしたいですね」 岳にそう言われると私も少し照れ臭い。 「まあボクなんかは門外漢ですから、本当にただボクなりにこうすればいいと思ったという程度に過ぎないんですけど。一応メモにまとめてきました」
「それは恐縮です」 私が岳にレポートの束を手渡すと熱心に目を通し始めた。こんなに細かく多岐に渡るメモを作るなんて、自分でも驚いている。伏線の張り方や、あるいは登場人物のセリフで私に対して遠慮しているように見えた部分の膨らませ方など、僭越ながら提案として書かせてもらった。
「あのー石岡先生」 ふとレポートから目を上げた岳がさきほどとトーンを変えて沈んだ声を出す。とっさに私は顔の前で激しく手を振った。 「あ、いえこれはほんの思いつきですから。素人考えなので決して是非というわけではないんです。無理な注文をするつもりは毛頭ありませんので」
これは本心だった。名ばかりの監修者の威光で無理難題を押し付けるつもりはない。すると岳もゆっくりと手を振る。 「いいえ、そのメモはありがたいと思います。それとは別件なんですが、ちょっとご相談がありまして…」
「ハイ」 私は彼の話を聞くことにした。 「実は発売元の会社からいろいろとリテイクが入ったんです」 「エッ、リテイク?」 「まあ直しですね。要はアクション部分をもう少し強調するようにと」
「アクション部分といいますと」 「あのゲームをクリアした後にちょっとしたアクションゲームを遊べるようになっていたんです」 「そうだったんですか」
私は本編のゲームに熱中するあまり、そんな隠し要素があったなんて知らなかった。 「それで、どうやら先方はそのアクションゲームのほうを気に入ったようで。だから、そちらをもう少し膨らませられないかと言ってきまして」
「はあ、なるほど。その辺はお任せしますよ」 プロとプロのやりとりに対して私がどうのこうの言えることなどない。私はアクション性の強いゲームには関心が薄いが、それで喜ぶ人も多いだろう。私の言葉に岳はホッとした表情を見せた。
「そうですか。先生がお心の広い方で助かりました」 「よしてください。大げさですよ」 「実は、すでに修正が進んでいるものですから、先生に理解を示して頂かないと恐ろしいことになるところでした。ちょっとご覧になってください」
岳はゲーム機にCD−ROMをセットする。 「不思議な石岡君 暗闇城のピラミッドで騒ぎを起こす」 勇壮なBGMと共に、近未来のヘルメットとコスチュームに身を包んだ私が、彼方を力強く指差している。
「タイトルが変わったんですね」 私はあえて中味には触れずにそう言った。 「ええ、ほかにも微修正を加えてあります」 今回は私にコントローラーを渡さずに、岳が操作している。ゲームをプレイしながらいろいろ説明してくれた。
「この暗闇城にあるピラミッドのいろいろな仕掛けや敵の攻撃をかわしつつ、それぞれの面をクリアしていくゲームなんです」 私にさえ一目でわかるのは、もうこれは文字を読んでゲームを進行するのではなく、プレイヤーが直接レバーとボタンで動かすキャラクターが敵と戦うスタイルに変更したということだ。
「最初の武器は拳銃だけで弱いんですが、いろんなアイテムを取ることで石岡先生はパワーアップしていきます。手にドリルも装着できますよ」 「ハ…」
「え、トマホークのほうがよろしいですか?」 「いえ…ドリルで」 ゲームの展開にも、話の流れにも混乱している私はわけのわからない選択をしていた。
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