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「石岡君、新春、スターと出会う」3 優木麥 |
| 「ここがぼくのお気に入りの場所なんだ」 山下公園を抜け、横浜港にたどり着いた私は、ライヤをベイブリッジと反対方向にある廃船の位置まで案内した。ここは少し入り組んだ場所になり、マリンタワーや氷川丸などがある観光スポットから離れている。物珍しいものなど何もないが、ただいくらでも海が眺められた。そして、初日の出も拝めるということだ。 「間に合ったね」 ライヤは水平線を見つめている。今日の天気は快晴のようだ。海の彼方を真っ赤に染めて、太陽が昇ってくる。私達はしばらく無言でそのさまに目をやっていた。 「先生は何てお願いしたの?」 「一人でも日本を好きな人が増えますように」 私の言葉にライヤが笑った。 「あの朝日が日本の日の丸のシンボルなのよね」 ライヤは感慨深げにそう言う。 「日の出はどこで見ても同じ太陽だなあ」 「感動してるの?」 「ちょっとね」 「ちょっとじゃないの。ちょっち、よ」 「えっ?」 「私、もう行かなきゃ」 ライヤはバッグから携帯電話を取り出す。 「ホテルにいないのが、さっきバレたみたい。マネージャーが激マジでもうすぐ飛んでくるから、石岡先生は避難した方がいいかも」 「うわー、そんな…」 「今日、東京ドームでライブなの」 「へぇ、頑張って」 「観に来る? 特等席で聞かせてあげるよ」 「ぼくは…今日あのクイズ番組の決勝戦なんだ。それに…さっき、超VIP席で聞かせてもらったしね」 「それじゃあ…」 「あ、ちょっと待って」 私はライヤを呼び止める。もっと彼女にしてあげられることがあるはずだ。素晴らしい日本の正月を感じさせてあげたい。まだ19歳の彼女に…。そうだ。私は若者が一番喜ぶことを忘れていた。 「お年玉はその子の一ヶ月の小遣いが基準なんだって」 「フーン 」 「ちなみになんだけど…ライヤちゃんの一ヶ月のお小遣いっていくらぐらい?」 今は財布に多少の持ち合わせがある。 「完全にプライベートで使うお金ってことなら、200万円かな」 尋ねた私が悪かった。とてもではないが、私には百分の一を渡すのが精一杯である。それなら、他の形で何か示したい。 「ちょっと待ってて」 私はコンビニで彼女のためのお年玉の代わりになるものを探して買ってきた。 「栗きんとんがなかったけど。ほら、これで」 殻を剥いた栗をパウチに詰めたお菓子をライヤに手渡す。しばらくライヤは栗のパックを見つめていた。 「ゲームイズオーバー」 「えっ」 「自分の気持ちを切り替えるときに私はそう叫ぶことにしてるの」 「そうなんだ」 ライヤは笑顔で手を振っている。 「それじゃ、またね。石岡先生」 ● ライヤと別れた私は再びTV局に戻った。「年越し宵越し 晩餐アンサー」が、今日は「新年万年 晩餐アンサー」になる。昨夜の予選で勝ち抜いた2チーム、合計6人が今度は個人戦でクイズを勝ち抜いていく。実際、私はチームメイトの助けでまぐれでここまで残ったのだから、個人でのプレイとなれば早々に消えるだろう。スタジオに入ると、出演者達が揃っていた。 「目が赤いですな」 私に話し掛けてきた人物は、まるで時代劇のセットから現れた山伏姿だった。兜巾(ときん)、鈴懸衣(すずかけ)、結袈裟(ゆいけさ)をまとい、手には錫杖(しゃくじょう)を持っている。 「昨晩は一睡もしておられぬと見た」 私の顔が真っ青になる。大切な番組の収録があるのに、一晩中遊びほうけて、そのまま現場に来たと思われては心証が悪い。 「実は……」 「我が意を得たり!」 まさに裂帛の気合といった山伏の言葉に私は金縛りにあう。 「そもそも年越しとは、年神を迎えるための儀式。心身を清め、一晩中起きているのが慣わしである。その神聖な物忌みの夜に惰眠をむさぼるなど言語道断。さすがに石岡先生は物の道理を心得ておられる」 噛み付きそうな迫力に私は返す言葉もない。 「失礼。それがしは大陀羅坊大学の史学部教授で郷野と申します」 「あ、ぼくは石岡和己と申します。一応、作家をしています」 郷野は手にした錫杖で床をドンと突く。上部に着いた大きな輪がジャリンと鳴った。私はビクッと腰を引いてしまう。 「今日は単なる一月一日ではない。元日なのだ。それが嘆かわしいことに多くの民は新年の精神も理解せず、文化を受け継ごうとせず、馬鹿騒ぎに興じておる。そういう恥知らずな連中を啓蒙することこそ我らが役目でしょう」 「いえ、ぼくはそこまでは……」 「よき日本の正月の伝統が廃れていることを憂える同志を得て、心強く思いますぞ」 どう対処していいのかわからず私が言葉を選んでいると、ディレクターが現れて出演者に集合をかけた。正直私は救われたと感じる。 「今日の決勝は6人のみなさんの個人戦ですので、おのおのの戦略で頑張ってください。最初は昨日組んだチームメイトと対戦し、3ポイント先取した人が、ラスト決勝に残ります。その勝ち上がった二人によるラスト決勝は5ポイント先取です」 今日のクイズは私には気が楽だった。昨夜のようにチームを組んでいると相手に迷惑をかけないか気がかりで、勝負どころではない。だが個人戦なら、私が答えられまいが間違えようが自業自得である。 「それでは、スタンバイお願いします」 ● 最後の二人に残るためのクイズ。昨日のチーム同士、つまり私の場合は野々宮ルウと不夜城との対戦になったのだが…。結果から言うと、勝ち上がったのは私だった。自分自身が一番驚いている。その理由は一言で言える。恐ろしいほど運に恵まれていたのだ。もっとはっきり言えば、出題傾向が私に味方したのである。 「問題です。おせち料理と言えば一般的に四の重ですが、二の重から上はどんな料理が一般的でしょうか? ハイ、石岡さん」 「ニの重が酢の物、三の重が焼き物、与の重は煮物です」 「正解!」 「12月31日にしめ飾りを飾ることを…。ハイ、石岡さん」 「一夜飾り」 「正解です」 「子孫繁栄を意味する数の子、長生きを願う海老、では、まめに働くことを祈るのは…。ハイ、石岡さん」 「黒豆」 「正解です。3ポイント先取で石岡さんがラスト決勝に勝ち進みました」 ルウと不夜城は唖然とした表情で私を見つめていた。自分でも、あんなに好都合な問題ばかり連続するとは信じられない。これもライヤのおかげである。また私のラスト決勝進出を本人以上に喜んでくれた人物がいる。 「いやお見事。石岡先生の正月に対する造詣の深さに感服いたしましたぞ」 山伏姿の郷野は、私に抱きつかんばかりに興奮していた。 「これで、ラスト決勝は好敵手と存分に知恵とワザを競えますわい」 「と、おっしゃいますと…」 「ラスト決勝の相手は、それがしでござる」 郷野は胸を張って答えると、錫杖で床をドンと突く。私はこの時点で敗北を予感した。 |
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