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「石岡君、野球チームを買う」6 優木麥 |
| 査定試合開始まで、あと10分。しかし、私がオーナーを勤める馬車道カプリコンズはピッチャーが一人もいない。 「他のポジションならまだしも、ピッチャー無しでは試合が成立しません」 「わかっています」 もはや私には当てがない。いや、仮に心当たりの人物がいたとしても、とても試合開始までに呼ぶことは不可能だ。 「あの……石岡先生…」 佐原が私を呼ぶが、いまは彼に謝罪して時間を潰すわけにはいかない。 「すまない佐原君。この埋め合わせはきっとするから、とりあえず今日のところは帰ってもらえないか。ちょっと取り込み中なので」 佐原は私の担当編集者の若者だが、私のカン違いによって、日曜の朝に呼びつけてしまった。彼が常日頃、口にしていた「サウスポーが得意」というフレーズを文字通り、投手としての左腕が得意なのだと思い違いしたのだ。そのため、佐原はピンクレディのコスプレをしていまここにいる。 「馬車道カプリコンズの新兵器を出すしかありませんかな」 心配そうに集まるメンバーの中で、前オーナーの矢木が前に出た。 「どういう意味です。矢木さん」 「実は私は、元々ピッチャーを嗜んでおりまして。このチームの危機に昔取ったきねづかを披露するしかあるまいと思いましてな」 矢木は笑顔で右腕を振り回している。しかし、その動きは、まるで太極拳のようで、とても力強い競技の動きではない。 「石岡先生、あの……」 再び佐原が私に呼びかける。 「申し訳ない。佐原君。今日はもう勘弁してくれ」 私には決断のときが迫っていた。試合時間まであと5分だ。かなり頼りない動きに見えるが、それでも未経験者を起用するよりは、ピッチャー経験者の矢木に託すしかないのかもしれない。無論、先発完投を期待するのは体力的に酷である。試合が始まったら序盤の時間を利用して、私は新たなピッチャーを確保する必要があるだろう。 「では、矢木さんに……」 「お待ちください。石岡先生」 遮ったのは、佐原だった。 「すべてがカン違いってわけではありません」 「な、何が……」 「僕は高校、大学とピッチャーをしていました」 「えっ……」 「よろしければ、投げさせてください」 私は矢木やマネージャーの角田を見る。彼らは笑顔でうなずいた。試合開始3分前に、ようやく馬車道カプリコンズは先発投手を獲得できたことになる。 ● 「こ、これはおかしいぞ!」 まず叫んだのは、矢木だった。キャッチャーの浜西も憤慨して怒鳴っている。試合開始に先立ち、両チームのメンバー表を交換した。 「一体、どうしたんです」 私にはなぜ彼らが怒っているのかわからない。 「相手のチーム編成は、オールスター軍なんです」 「えっ……それは、まさか……」 私の顔も青ざめる。事態を理解できてきた。今回、私が新オーナーとして認められるか否かを賭けた査定試合。その対戦相手は、前年度の優勝チーム、相模原カメレオンズが指名されていた。ところが、いざ試合前のメンバー表を確認したら、各チームの四番打者がズラリと並んでいるという。 「それは、アンフェアじゃないか」 さすがに温厚な私も憤りを感じる。各チームから優秀な選手を集めた選抜チームと闘うのでは、こちらの不利はいかんともしがたい。 「正式に抗議してきます」 ベンチから立ち上がった私の腕を掴んだ人物がいた。 「ヘーイ、イシオーカ!!」 声の人物は、金髪女性……のコスプレをした男だった。金髪のカツラをつけ、口紅を塗り、ラメ入りのジャケットを着ている。正体は、マネージャーの角田だ。しかし、今は違う。 「マイネームイズ マチコ・ホーン!」 「ああ……監督、よろしくお願いします」 多分に屈折した形だが、馬車道カプリコンズの監督は、女装した角田なのである。 「それで、マチコ監督。相手のチームがオールスターチームを編成してきたんです。これではあまりにアンフェアでしょう。今から抗議に……」 「ノープロブレム!」 マチコは踊りながら叫んだ。 「本来、戦いに完全なヒフティヒフティなどありえませーん。やってやりましょう」 監督は意気軒昂である。マネージャーの角田のときなら、マズイですよ、と言いながらオロオロしそうだが、マチコの姿になるとイケイケの監督になってしまうらしい。扮装が変われば、別人格になりきれるということか。 「しかし……」 「馬車道カプリコンズ、試合開始です。出てきてください」 主審がホームベースに選手を集めている。 「いいんですか?」 「OKOK、ゴーフォーブロック!」 マチコは全く意に介していない。抗議するタイミングを完全に失い、私は仕方なくベンチに座った。主審が手を上げる。 「プレイボール!!」 ● 「ストライク、バッターアウト!」 主審の声がグラウンドに響き渡った。これで3アウト、チェンジである。先攻のカメレオンズの攻撃は3者凡退に終わった。 「すごい、すごいよ。佐原君」 私は素直に感動していた。初回の攻撃を一人のランナーも出さずに終えた佐原の投球は素人の私が見ても見事なものだった。 「いやー、まだ肩ならしですけどね」 佐原が照れ臭そうに頭をかく。 「試合だー。佐原、球が走ってるなあ、おい」 バッテリーを組んでいる浜西が旧知の間柄のように佐原の肩を抱いた。キャッチャーとピッチャーの関係は、1イニングスでも築けるのだろう。 「よーし、攻撃です。コツコツいきましょう」 私のテンションも上がっている。思いのほか、佐原が好投手だったことで、相手がオールスター連合でも勝てなくもない気がしてきた。 「相手のピッチャーは前年度優勝チームのエースだ。でも、打ち崩すぞ」 浜西がメンバーに気合を入れている。 「始まったようですな」 私は声の方角を振り向くと、環太平洋草野球連盟のオーナー達が揃っていた。 「これは、どうも。お疲れさまです」 「査定試合、しっかりと見させていただきますぞ」 長老の言葉に私はうなずく。 「はい。ぼく達の野球に賭ける思いを見せます」 力強く宣言する私の隣で、古河も叫んだ。 「オレ達のチームの力を見せてやるよ」 「君は何かカン違いしていないか」 オーナーの一人が、古河を指差す。古河はサッカーチームのユニフォームを着ているのだ。 「あ、いや、これはその……」 「とにかく、頑張ります」 私は場を取り繕う。次回、いよいよ査定試合の決着。石岡君は、オーナーになれるのか。 |
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