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「石岡君、バーベキューに行く」3 優木麥 |
| 「“守り火の神託”なら絶対です」 向坂は雨の中、私を案内しながらそう言った。バーベキュー侍の7人の中の誰が雨男もしくは雨女なのか。その審判を下さなければ気が済まないようだ。 「向坂さん、ぼくは思うんですけど……」 「非科学的ではありません。山には不思議な力があるんです」 向坂は私の言葉を遮った。 「昔はね、石岡先生。容疑をかけられた人間は神前に引き出され、火で真っ赤に焼けた鉄を握らされたんです。つまり、神に審判を仰ぐんですよ」 「は、はい……」 「もし火傷をしなければ、その人間は潔白が証明されたことになる。火傷をしてしまえば、神からその人間が犯人であると証明されたことになる」 「そんなやり方には……正直ついていけません」 私は神様を信じていない。だから、そんな場面に身を置かれたら、不安感だけで、胸が火傷してしまいそうだ。 「石岡先生が考えているほど非科学的ではないんですよ」 向坂が理路整然と説明する。 「本当に神様を信じていた時代なら、自分が潔白と知っている人間は堂々と火かき棒を掴めるものなんです」 「ほお……」 「逆に、本当の罪人であれば、どうしても火かき棒は掴めません。なにしろ必ず火傷をすることは自分自身が知っている。だから、火かき棒の判定の本当の有効性は、それを試すと言ったときの容疑者の態度なんですね」 人間心理として一理ある話だ。 「これから行なう“守り火の神託”は、この山の中腹にあるお堂からロウソクに火をもらって帰って来る儀式です。そして山の神に嫌われている者の火は必ず消えてしまう」 向坂がもう一度説明してくれた。 「でも、火なんか消えてしまっても、自分でまた着けるんじゃないですか」 「大丈夫です。これで使用するローソクは赤い特殊な物で、これに専用の青い火の出るライターで着火しなければなりません。その結果、ローソクには紫色の火が灯されるわけです。だから、消えてしまった火を勝手に付け直したとしても、火の色は紫にはなりません」 「なるほど……」 「石岡先生、先生を審査役にお願いしたのは、火を着けに来る連中の言動を注意してみていてほしいからです」 向坂は間違いなく私を過大評価している。 「つまり火を着けるうんぬんよりも、着けに来る態度で犯人を推理しろ、ということですか」 「さすがお察しが早い」 「ぼくには自信がありません。第一、先ほどの火かき棒を握らせる裁判の例とはまるで違うじゃないですか」 「違いますかね」 「全然違いますよ。実際に犯罪を犯した人物であれば、自覚があるから神に試されることを恐れるでしょう。しかし、今回は雨男もしくは雨女を見つけるための儀式です。これは自覚するしないの問題ではありません」 どこの世界に自分が雨を降らせていると信じている人間がいるだろうか。 「たぶん、あまり意味がないと思うんですけど……」 「意味はあります。大いにあります」 向坂はひるまない。 「石岡先生のおっしゃる通り、雨を降らせているなどという自覚を持っている人間はいないでしょう。しかし、もしかしたら自分が雨男もしくは雨女ではないかなあと疑念を抱いている人間はいるはずです。そして、その人物は着火の際に、必ず他者と違う言動をとるでしょう。石岡先生にはそこを見極めてもらいたい」 全く納得できなかったが、もう目の前にお堂があった。 ●
本来はバーベキューをやるはずだった。今ごろは肉や魚、野菜、そして焼きソバなどを載せて焼き、舌鼓を打っている予定だった。ところが、私は降りしきる雨の中、うら寂しい山の中のお堂の中にいる。「何でこんなことになったんだろう」 我が身を恨みたくなった。神も仏もないのだろうか。そう考えてふと傍らを見ると、古ぼけた観音像が鎮座していた。 「何とかしてくださいよ」 私は観音像に手を合わせる。そのとき、お堂の外から女の声がした。 「奈美です。石岡先生、来ましたよー」 お堂の戸を開けると、弁財天の姿の奈美が立っていた。バーベキュー侍は、それぞれが昔にちなんだ扮装をしている。 「中に入ってください」 「お邪魔しマースって。別に石岡先生の家じゃないもんね」 奈美は赤いローソクを差し出した。これに私が専用のライターで青い火をつけると、紫の炎が灯るのだ。私は向坂に言われた通り、奈美を観察する。しかし、とくにオドオドしたところは見受けられない。 「最初にやってしまったほうがいいのよね」 「奈美ちゃんは、誰が雨男だと思うの?」 彼女がグループの紅一点なのだから、雨男という限定した質問で構わないのである。 「向坂さんじゃないかな」 奈美は事も無げに言った。 「だって、自分が一番不安だから、あんなに騒いで雨男を見つけるんだとか言うんじゃない。自分から目をそらそうという魂胆だよ」 着眼点としては悪くない。奈美の次に現れたのは、弁慶姿の近藤だった。 「バーベキューは太陽の下でやるべき。それが、こう雨に祟られてしまっては興がそがれることはなはだしい」 「やっぱり雨男がいるんでしょうか」 「間違いない。このバーベキュー侍に恨みでも持っている者の仕業だろう」 「近藤さんは心当たりがありますか」 「森島だな。まだ結成当時に、彼はバーベキューの焼き方で、メンバーとひどく対立したことがあってね。それ以来、トン汁担当になったんだが、今でもそのことを納得していないんじゃないかな」 3番目に現れたのは、その森島だった。忍者の格好をしている。 「トン汁担当になったこと? 自分ではいい役をもらったと思ってるけどね」 「でも焼き方でモメたとか」 「ごく一部の人間とね。ハッキリ言えば桜井。あの男とは今でも口を利かないよ。だからといって、雨が降って欲しいとは思わない。私怨で言うんじゃないけど、オレは雨男は桜井だと思ってる」 「どうしてですか」 「あの男はね、悪天候を愛しているんだ。条件が悪いほど、バーベキューの醍醐味が増すとカン違いしてる」 私はかなり有力な情報を得た気がする。桜井とは迷彩服姿の男のことだった。4番目に現れたのは、彼である。 「桜井さんは悪天候を愛してるんですって」 「もちろん。ピクニック気分で、女子供ができることを大の男がやってられんでしょう。イギリスの貴族が胸まで水に浸かってハンティングに行くのと同じロマンですよ」 「では、雨が降ることを望んでいるんですか」 「ええ、私は雨が降ったらいいと思ってますよ」 桜井はそう断言した。私はとっさに返す言葉がない。 「でもね石岡先生。雨男は誰かという話なら、私じゃない。近藤ですよ」 「弁慶姿の近藤さんですね」 「バーベキューの場所は、彼が選択している。そして、いつも降水確率の高い場所を選んでいるんだ。謎は簡単でしょう」 ここまでの4人の人間は思い思いのことを口にした。私はいまだ混沌とした雨の中で光を探しつづけている。 |
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