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「石岡君、デリバリーサービスを始める」1 優木麥 |
| 「手渡しって、なんて素敵なんでしょうね」 川崎美加は微笑みながら私に名刺を差し出す。彼女の名刺には「あなたの日常にビックリをお届け! ギフトッパラサービス代表取締役」と書かれていた。エレベーターのドアが開くと同時に、目の前に人がいて名刺を渡されれば、確かにビックリだ。 「石岡先生にご足労いただいて誠に恐縮です」 「いえいえ、それは構いませんけど…」 私は厄介なことに巻き込まれつつあると感じている。美加から「プレゼンテーターをお願いしたいんです」と連絡を受けたとき、言うまでもなく私は丁寧に断った。プレゼンテーターといえば、音楽祭や映画の授賞式で受賞者にトロフィーやら記念の盾やらを手渡している人々のことだろう。タキシードやドレスに身を包んだ紳士淑女が笑顔でその任を果たしている。私という人間は、とてもそんな晴れがましい場で大任を仰せつかるにふさわしくない。もちろん単にトロフィーや盾を手渡すだけなら、いくらでも受けよう。だが、あのプレゼンテーターという役割に求められているのは、主催者の代理で賞品を渡す機能だけではない。社会的に評価の高い人物が手渡すというセレモニーなのだ。そのプレゼンテーターから渡されること自体も名誉でなければならないはずだ。私などの手から渡すことになったら、賞の権威さえ疑われかねない。その旨を、受話器の向こうの美加に説明したのだが、彼女は決して折れなかった。 「石岡先生は誤解をなさっています」 美加はそう反論した。しかし、その誤解の内容については触れてくれない。私は「ミステリーの新人賞のプレゼンテーター」なのだろうと察する。ジャンル違いの賞ではなく、一応「石岡和己」という名も、権威のありがたみが増すプレゼンテーターになるという目論見ではないか。それは幻想に過ぎないのだが、美加が強硬に主張するので、仕方なく私の方が折れて、今日このオフィスに足を運ぶ次第となったのだ。 「手渡しすることは、なんて素敵なんでしょう」 応接用のソファに座ると、美加はあらためてくり返した。 「相手の温もりや笑顔が直に伝わる手渡しこそ、当社が力を入れているサービスです」 「はい…」 とくに否定する話でもないので私は先を促すしかない。 「我がギフトッパラサービスでは、特別な贈り物やお届け物に対して、特別なプレゼンテーターをお願いして、さらなる付加価値を提供しています」 美加はパンフレットを取り出した。「誕生日用」「結婚用」「出産用」「パーティ用」などそれぞれ用途別のギフトの写真が並ぶ。バラの花束や、カップセット、枕やケーキなどバラエティに富んでいた。 「これらのプレゼントをお客様の指定日の指定時間にお届けするのですが、当社の売りはギフトを手渡しに行くプレゼンテーターです」 「えっ…まさか……」 私はようやく合点がいった。 「つまり、私がそのギフトを宅配するのですか?」 「そうです。そうです」 美加は笑顔でうなずいた。 「リトルリーグの少年の家にプロ野球選手が届けに行ったり、CMによく出る憧れの女優や、人気漫画の作者などが、ドアを開けたらいきなり立ってるんですよ。この非日常の嬉しさは、一生忘れられません」 その通りだろうと私も思う。素敵なサービスだし、できることなら微力ながら私も手伝いたい。しかし、私は当惑する。当初考えていた晴れがましい席での仰々しい立場ではないが、やはり美加の期待を裏切る結果を懸念してしまう。 「川崎さん。残念ですけど、あなたが思っているような効果はゼロですよ」 「何がですか?」 「いえ、その…ドアを開けたら驚いて、感動して、という部分なんですが…ぼくが立っていたとしたら……ありえませんね」 私は最後の言葉を断言する。妙な期待をもたせるわけにはいかない。 「ご謙遜ですね、先生」 「とんでもない。第一、ぼくはスポーツ選手や女優さんたちと違いますから、この顔は知れ渡っていません。誰が届けに来たかさえ……」 「その点はご心配なく」 美加は自信タップリにうなずいた。 「今回、プレゼンテーターをお願いするお客様は、すべて石岡先生のご著書を購入された方々です。ビックリして感動すること間違いありません」 ● 「ドアが開けられた瞬間が大事ですから」 バンの車内で待機する私は、美加からギフトを渡す際のポイントを教えてもらう。結局、私はプレゼンテーターを引き受けることになった。うぬぼれたわけではない。だが、こんな私でも一応は購入してくれた本の著者である。会って損したと感じる読者は……まあ、いるかもしれないが、やる前から気にしても仕方がない。 「笑顔で『ギフトッパラサービスです』とさわやかに言ってください」 「はい…」 さわやかに言えるか自信はないが、できる限りやってみよう。 「カンのいいお客様なら、その段階で『キャーッ、もしかして石岡先生ですか』となるはずです」 本当にそんな反応をしてくれたらこちらも嬉しいだろう。 「うっかり、まだ気がつかないようでしたら『ご注文の書籍をお持ちしました』と言ってください。その際、さりげなく胸のネームプレートを見せましょう」 今の私はギフトッパラサービスの社員のユニフォームに身を包んでいる。胸には「石岡和己」というネームプレートが付けてあるのだ。 「まだわからない鈍感な相手には、サインをもらうときにこう言うんです。『ところで、ぼくのサインも本に入れておきました』と」 確かにサインは入れさせてもらったが、とてもそんな気恥ずかしいセリフは口にしにくい。 「どうしても気づかない手強い客がいたら、最後の手段です。『ぼくの本を買ってくれてありがとう』と自分から言うしかありませんね」 「それは、言わないとダメでしょうか」 「なぜですか?」 「いや、その……ぼくだと気がつかれなければ、そのまま帰ってきてもいいかなあと…」 「ダメです。絶対にそれは避けてください」 初めて美加は強い口調になった。 「当社のサービスは、スペシャルなプレゼンテーターに来てもらえるかもしれない、とお客様が楽しみにしているところにあります。もしかしたら、という期待を込めてウチのギフトサービスをご利用いただいてるんです。せっかく石岡先生ご本人にプレゼンテーターをお願いしているのに、相手が最後まで気がつかないでギフトを受け取ったらまったく無意味じゃないですか」 「はあ、わかりました」 美加の言い分はもっともである。そうなると、私はほとんどの家で自ら石岡和己であることを告知して回らねばならないだろう。なにしろ私の顔を知る読者など数えるほどしかいないからだ。 「さあ、では張り切っていきましょう。まずは一軒目です」 美加は明るい声を出すが、私は大きな不安を抱きながらバンを下りた。そのまま目当ての家のインターフォンを鳴らす。 「はい」 女性の応答がある。 「あ、あのギフトッパラサービスですけど…」 「あら、待ってたのよ」 意外に好反応だ。私はちょっと緊張がほぐれる。すぐにドアが開けられて、30代に見える主婦が顔を出した。 「ギフトッパラ…」 美加に言われた通り、精一杯の笑顔を作ろうと努力する。女はそんな私にかまわず、手で招く。 「本当に困ってるんだから、早くして」 「えっ……」 「エアコンの修理に来てくれたんでしょ?」 「いえ、違います。あの…注文された本を…」 「ああ、確かに注文したかも。じゃあ、サインはどこ?」 「こ、ここに…」 受領証にサインをした主婦はギフトを受け取って、すぐにドアを閉めてしまう。取り残された私は、うかつにプレゼンテーターを引き受けたことを後悔していた。 |
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