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「石岡君、ホラー映画を批評する」4 優木麥 |
| 「用件は……12件…です」 私は自分の耳を疑った。映画監督の真下の誘いを断り、どうにかコンビニから帰宅するまでの時間は30分間程度。その間に、どうして12件もの留守電メッセージが吹き込まれているのか。すでに最初のメッセージが再生されている。 「石岡先生、先ほどは感情的になってすみませんでした」 半ば予想していた人物だった。「巌流島心中」の板東圭介監督である。作品批評に関して高得点をつけるように懇願し、受け入れられないと知ると脅迫めいた言葉を残した彼の声を聞いて、私はウンザリする。 「お詫びします。どうか、こんなことで先入観をお持ちにならないでください。作品は虚心坦懐にご覧になっていただきたい。どうか伏してお願い致します。ピーッ」 それからほぼ1分毎に板東のメッセージが続いていく。 「板東です。留守電のメッセージで謝罪するなんて男じゃないと思われるかもしれないので、私の電話番号を申し上げておきます。いつでも、お電話ください。直接アタマを下げろとおっしゃるなら応じる用意はあるつもりです」 私は板東の電話番号をメモしなかった。コールバックするつもりがないからだ。 「板東です。考えてみたら、これから出かけるかもしれないので、ケータイの電話番号もお伝えしておきます」 言うまでもなく、板東の携帯電話の番号もメモしない。 「あ、板東です。先ほどの出かけるかもしれない、という言葉を変に勘ぐられてもいけないので、念のため申し上げます。あなたを刺しに行くわけではありません。今のところ、そのつもりは全くありませんので、ご心配なく。ピーッ」 不気味な発言を聞いて、私の気は重い。彼の言い方では、婉曲的に脅しをかけていると言っていい。 「板東です。さっきの発言は言葉通りの意味です。裏はありません。悪しからず。ピーッ」 「板東です。メッセージが入りきる前に切れたような気がしたので、もう一度。さっきの発言は言葉通りの意味です。裏はありません。悪しからず。ピーッ」 「すみません。板東です。言い忘れたんですが、武蔵がお通に追いかけられるシーンで、通り過ぎる飛脚は私です。ヒッチコックに倣ってワンポイント出演してみました。石岡先生はおわかりになったでしょうか。ピーッ」 すでに見終わっているが、もちろんそのシーンで板東だとわからなかった。第一、私は彼と面識がなく、顔も知らない。ただ言われてみれば、該当するシーンに飛脚がいたかもなあとおぼろげに思う程度だ。 「板東です。うわー、どうしよう。さっきのメッセージなんですけど……後悔しています。だって、やっぱり……ヒッチコックの名前を出したのはマズかったですよね。なんか、特定の監督の影響を受けているように受け取られかねないなと思っちゃって……。偉大な先達として学ぶべき点は多々あると考えますが、あくまで私は板東圭介です。それ以上でもそれ以下でもございません。オンリーワンの技量を発揮しましたので、そこは強調しておきたいなと。失礼します。ピーッ」 やっと7件を聞き終わった。憂鬱な気分は強まる一方だ。なぜ夜中に板東の入れた留守電のメッセージを12本も聞かなければならないのか。 「あ、板東だけど……。かなり気になっちゃって、我慢できないから、やっぱり言うんだけど、本当はそこにいるんじゃないの?」 私は飛び上がりそうになる。板東の口調には段々とイライラが募っている。 「オレからの電話に出るのがイヤで、しらばっくれてるんじゃないだろうな。オレは許さないぞ、そういう不真面目な態度を。こっちは素直に頭を下げてるじゃないか。コノヤロー。ピーッ」 次のメッセージはほとんど激昂に近いものだった。 「逃げんじゃねー、石岡。出てこいよ。出てきやがれー! ピーッ」 思わず私は停止ボタンを押しそうになる。しかし、最後までメッセージを確認しておかなければならない。一体、板東が何を入れたのか知らないと、この先、面倒なことになる可能性もあるからだ。 「宮本武蔵、佐々木小次郎、力道山……」 10件目のメッセージは「板東です」の挨拶から始まらなかった。 「……石岡和己。この4人の人物には共通点がある。何だかわかりますか、石岡先生?」 問いかけられたが、私にはピンとこない。日本の山陽・山陰地方の出身だろうか。 「答えは……全員死んでいること。……あれっ、ひとり死んでないヤツがいる。ピーッ」 ゾゾーッと私の背中は総毛立つ。怖くて、もう耳を塞ぎたい気分だが、頑張ってメッセージを聞くしかない。あんな「殺人予告」に近いメッセージを吹き込まれては、その後の2件に何と入っているのか確認しなければ、私は危ない。 「夜分に恐れ入ります。石岡先生のお宅ですか?」 11件目のメッセージは、板東ではなかった。張り詰めた私の緊張が一気にとぎれる。だが、聞き覚えのある人物の声ではない。 「僕のメッセージは届きましたか」 何のことだかわからない。まさか、板東のメッセージの中に埋もれてしまったメッセージがあったのだろうか。 「石岡先生のご覧になった『地獄の風は昨日吹く』は、僕からのメッセージ。人類への警告です」 また映画監督である。いい加減にして欲しい。どうして、あのホラー映画群の監督達は、次から次へ批評家にアプローチしてくるのだろうか。実作者でもある私は一度として、そんなマネはしたことがない。ハレンチな行為であるとは考えないのか。11軒目のメッセージはなおも続いていた。 「あの作品の物語のように、今から2年後、太陽は爆発します。そして、人類は滅亡の道へと歩んでいくのです」 頭が痛くなってきた。単純に映画を批評すれば済む仕事ではなかったのか。後悔先に立たずである。 「なぜそこまで断言できるのか。たぶん、不審に思われることでしょう。その秘密をお話しすることでしか、信頼は得られないと思いますので、申し上げます。実は、僕は今から7年後の未来からやってきた22世紀の人間なのです」 今から7年経ってもまだ21世紀だ、と私は心の中で突っ込む。 「限りある資源を奪い合う人類には、もはや万物の霊長といわれた面影はありません。あの地獄を目の当たりにしてきたからこそ、リアルな映像が描けたのです。あれでもまだ僕の見てきた地獄の何十分の一に過ぎません。石岡先生、どうかあの未来を再現させないように力を貸してください」 人類の未来図は伝わらないが、私には、いかにも自分で自分の話に酔っている雰囲気だけは伝わってくる。 「僕がこの時代に来たのもそのためです。太陽が爆発することを前もって、全世界の人々に知らせておく必要があるんです。そして、これからの2年間で、資源や設備などを完璧に備える。そうすれば、人類は地獄の未来を味あわなくて済むんです」 頭痛は止まらない。激しさを増すばかりだ。一体、この誇大妄想に、どこまでつきあわなくてはならないのか。 「政府は頼りになりません。あなたしかいないのです。石岡先生、僕に力を貸してください。どうか、この『地獄の風は昨日吹く』を世界に発信できるように、あなたの資金、高得点、そしてPR活動がすべて必要なのです」 あきれて物が言えない。いくら何でも大人に信じろと言うには無理がありすぎるストーリーだ。もう少し練ってきて欲しかった。そうすれば、もしかしたら、単純な私は騙されていたかもしれない。気を抜いた私の耳に、12件目、つまり最後のメッセージが飛び込んできた。 「なーんだ、石岡先生……」 またもや板東の声だった。 「コンビニに行ってたんだね。お帰りなさい。いまマンションの玄関を入っていくのが見えるよ。じゃあ、あとは直接話すとしようね。ピーッ」 私は身動きできなかった。 「メッセージは以上です」 板東はこの近くにいる。12件目の留守電メッセージの時点で、すでに私の姿を確認できる位置にまで近づいていた。その先は何も考えたくなかった。考えれば、恐怖の結論が導き出されるに決まっている。 ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。私は心臓が止まるかと思った。ついに板東が現れたのだろう。私は動くことができない。チャイムは鳴り続けた。私は耳を塞ぐ。怖い。何でこんな目に遭わなければならないのか。どれぐらい時間が経ったのか。目の前の携帯電話が光っている。恐る恐る両手を耳から外すと、里美からの着信だった。 「もしもし……」 「石岡センセー、いないのー? せっかく差し入れまで持って来てあげたのにぃ」 「あ、ゴメン。すぐに開けるよ」 事態は好転なのかどうか微妙である。たしかに一人だけの状態からは解放されるが、今度は里美まで危険にさらすことになる。ドアを開けると、コンビニの袋を持った里見が笑顔で立っていた。 「やっぱり一人で石岡先生がホラー映画を見てるかと思うと不憫に思えて……」 「いいから、とりあえず中に入って……」 「あ、それから、先生と会う約束がある人とそこで一緒になったから、案内してきたの」 里美の後ろには、もう一人立っていた。若い男が笑っている。私はその場で失神しそうになった。本当に気を失えたら、幸せである。 |
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