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「石岡君、怪盗と対決する」2 優木麥 |
| 「してやられたわね。悔しい」 万田邸をあとにしながら、里美が手をパチンと叩く。私はなにひとつ貢献できなかったことへの後ろめたさで一杯だった。もちろん、世間を騒がす怪盗相手に、素人が何をできるわけではない。 「こうなったら、次の現場でリベンジしまょう」 里美の言葉に私は自分の耳を疑う。 「どういうことだい」 「名探偵対怪盗ゲットハンドレットの対決は第2ラウンドになるってこと」 「その、名探偵って……」 「言わずもがな」 私は断固抗議する。百にちなんだ“お宝”を次々と手に入れていく怪盗ゲットハンドレット。警察ですら捕まえられない相手に私が何をできるのか。 「もう探偵ごっこは終わり。ぼくはご免だからね」 「そんなことは許されないのよ、石岡先生」 「どうして…?」 「ゲットハンドレットは、なぜ百にちなんだ宝物を盗むのか、その理由さえ明らかになっていないのよ」 「そうだけど、それが何か…」 「その謎が解ければ、ヤツを捕まえることができると思うの。それは警察には無理よ」 「僕にだって無理に決まってるだろ」 私達は言い合いをしながら、万田の屋敷の門をくぐる。すると、突然、フラッシュが焚かれた。 「石岡先生ですね。ゲットハンドレットの予告状に対して、先生がアドバイザーとして呼ばれたと伺いましたが……」 私の目の前に何本ものマイクが突き出された。マスコミが門の前に大挙して待ち構えていたのである。 「えっ、いや、ぼくはその……」 私はこの場から逃げ出したい気分である。 「今回の事件で、ゲットハンドレットの手口に重大な欠陥があることを発見しました」 信じられないことに、私の隣で里美が勝手に発言していた。 「次回、あるいは次々回の現場に石岡先生が身を置いていれば、怪盗の正体を突き止めることができると確信しております」 「ほ、ホントですか?」 色めき立つ報道陣が私にコメントを求める。 「いえ、それはとても……」 「そうなんです。ゲットハンドレットはアンフェアなやり方で今まで自分の計画を実行してきました」 里美が強引にコメントを引き取る。 「アンフェアとおっしゃいますと。一応、彼は事前に予告状を出していますが」 「その予告状がアンフェアなのです。なぜなら、彼は一度として、何を盗むのかを明言したことがない」 「おー!」 記者の間から感嘆の声が漏れる。私は、まくしたてる里美の姿が、まるで自分とは関係ない人間に見えてきた。 「これはズルいじゃないですか。相手は何を盗んでもいいんですよ。こちらは、何を守ればいいのかわからない。いいえ、もしかしたら、ゲットハンドレットの本命の宝を守れたとしても、相手はそれを明言せずに別の宝物を盗んでいく事だって可能なわけです。これは明らかにハンディがあります」 「まあ、言われてみればそうですね」 「私は、ここに宣言します。もしゲットハンドレットに怪盗としてのプライドがあるなら、次の予告状は何を盗むのか。そのお宝を明記して予告しなさい」 誇らしい里見の顔にフラッシュがいくつも浴びせられた。 ● 「名探偵からの挑戦状! 怪盗ゲットハンドレットよ、プライドがあるなら予告状に標的を明記しろ」 里美がトーストをかじりながら、新聞の見出しを読む。私はソファで頭を抱えていた。 「いい写真を使ってくれたわね」 各紙には私がマヌケ面で里美の横に立っている写真を大きく使っている。これでは、ゲットハンドレットに挑戦したのは私のようだ。 「なんで、こんな勝手なことを……」 「だって、やられっぱなしじゃ悔しいじゃない」 「そんなことないよ。ぼくは探偵じゃないし、ゲットハンドレットと対決しようなんて思ってないんだから……」 「大丈夫よ石岡先生。今度はターゲットをハッキリさせての戦いなんだから」 「そう言う問題じゃないよ」 私は布団を被って寝込みたい。 「よく考えて石岡先生。先生のほうが圧倒的に有利なのよ」 「どうして?」 「1勝すればいいから」 「1勝って?」 「つまり、ゲットハンドレットの側は全戦全勝しないとダメだけど、石岡先生はたった1回防げば、彼を捕まえることができるの」 「その1回は、果てしなく遠い位置にあるけどね」 「自信なさげなコメントばっかり」 「なさげ、じゃなくて本当にないの。新聞でこんな大言壮語したら、抗議の電話がかかってくるよ」 「また、被害妄想ね」 そのとき、電話が鳴った。私が出ると、相手は多良湖部屋の親方だった。 「突然、お電話差し上げてすみません」 「い、いえ……」 「実は、新聞を拝見しまして…」 その言葉を聞いた私は反射的に頭を下げていた。 「すみません。なんか不愉快な思いをさせて……」 「いえいえ、違います。是非、石岡先生のお力をお借りしたくお電話を差し上げた次第なのですから」 「えっ、どういうことでしょう」 「今朝、ウチの相撲部屋に予告状が届いたんです」 「ま、まさか……」 私は受話器をそのまま置いてどこかに行方をくらましたかった。 「ええ、ゲットハンドレットからです」 「あ、ああの……」 「ウチの横綱の無敵砲関の百勝目の勝利を奪うと言うんですよ」 「は、はい……」 「是非、石岡先生のお力をお貸し願いたいと思うのですが……」 「ひゃ……百勝目?」 「そうです。今夜の一番で勝てば、無敵砲は幕内百勝です」 私は何と答えるべきか真剣に悩んでいた。ゲットハンドレットからお宝を守る力など、私にはない。だが、多良湖親方の声は、何かにすがりたい気持ちで溢れていた。里美が勝手に答えたとはいえ、新聞に載ったことは事実だ。また、昨夜は万田の屋敷にいながら、何の手助けもできなかったことも事実だ。いつも当事者感覚がないままに、自分の逃げ場を探しているのはよくない。ここで断っては、何かを失う気がした。 「わかりました。では、すぐにそちらに伺います」 私の言葉を聞いた里美の目が輝く。多良湖親方の声も弾んでいた。 「ありがとうございます。よろしくお願いします」 電話を切ると、里美が笑顔で手を振っている。 「やる気になったのね。名探偵殿」 「うん、いまは名探偵じゃないけど、ゲットハンドレットを捕まえれば、名探偵になれるかもしれないしね」 私の言葉に里美は笑った。 |
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