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「石岡君、サッカーチームの司令塔になる」1 優木麥 |
| 「へー、女子サッカーもあるんだ」 何気ない感想のつもりだった私だが、里美が噛みついてくる。 「なによ。その言い方。女性がサッカーしちゃいけない?」 「そんなことないさ。ただ大変だなあとビックリしてさ」 「どうして驚くことあるの?」 里美が絡んでくるのは、先ほど飲んだワインのせいだと思うことにする。 「だって、過激なスポーツじゃないか」 「接触プレイのこと? 90分間以上の運動量のこと? でもね石岡先生、レスリングやボクシングだって、ちゃんと女性の試合はあるのよ」 「いや、テレビで見たんだけどさ。すごかった。フーリガンって人たち」 「えっ……?」 「お店のショーウインドーを壊したり、警官と乱闘したりするんだよ。あんな人たちがいるのに女の子がサッカーなんて……」 「先生、なにを言ってるの。別にフーリガンと試合するわけじゃないのよ。それに、その人たちは、ほんの一部分だわ。ファンだなんて思いたくない」 里美があきれたように言う。私と彼女はタクシーで横浜市内のGホテルに向かっていた。実はつい三十分前まで自由が丘のフランス料理店で食事をしていた。誤解のないようにあらかじめ説明しておくが、Gホテルに行く目的は、人と会うためである。正確には、その人物に突然呼び出されたために、私達は食後のデザートもそこそこにタクシーに乗り込む羽目になったのだ。 「本当に里美ちゃんは人脈が広いよね」 女子サッカーにこだわっていると、いつまでも里美の機嫌が直らない気がして、私は話題を変える。 「どうして知り合ったの? その早乙女瑞穂さんと」 この早乙女瑞穂(さおとめ・みずほ)が、私たちを呼び出した相手である。里美の友人で、女子サッカーの実業団リーグの有名選手らしい。 「ミステリーファンが集まるサイトで話すうちに、オフ会で会って意気投合しちゃったの。石岡先生の大ファンなのよ」 里美の言葉に私は内心赤面している。もちろん私の作品を好きでいてくれる人はなんびとでもありがたい存在だが、直接対面するとなると話は別だ。とくに、ある程度あちらが有名人なのに私のほうではその存在を認識していないような場合は、相手に失礼にならないかと心配になる。だから、先ほどフランス料理店で「どうしても石岡先生に会いたいらしいの」と里美に頼まれても、即答は出来なかった。しかし、明日大切な試合があると聞き「ただ会ってくれればいいから」と里美の懇願されては、むげに断れない。 「明日の12宮リーグの優勝戦を控えて、石岡先生に会いたいなんてね」 里美が私に微笑む。 「12宮リーグって何だい?」 私は初めて聞く単語の意味を里美に尋ねる。 「女子サッカーの実業団リーグよ。十二のチームで構成されているから、そう名づけられているの」 「フーン」 「十二のチームはどれも星占いの12宮を模した名前なの。たとえば埼玉アクエリアスとか、函館タウラスとかね。瑞穂が所属しているのは東京ヴァーゴ。親会社の『早乙女フーズ』は彼女の父親の会社ね」 「へー、オーナーの娘さんが選手なんだ」 「そう。『早乙女フーズ』の社長令嬢にして、チームのエースストライカーが瑞穂よ」 私は緊張感が増してきた。 「でも、変に気を回さないでね。瑞穂にとったら、石岡先生の方が憧れの存在なんだから」 里美の言葉は私にはまるで説得力がない。 「女子サッカーは全国大会が始まったのが約20年前。でも、まだまだ選手層や世間の理解が十分とはいえない状況ね。大学で女子サッカー部があるところは100校もないのよ」 「そうなんだ」 「そんな中で、瑞穂は本当に頑張ってきたの」 タクシーがGホテルに到着した。私たちが正面玄関を入り、フロントに行こうとすると、ドアマンに呼び止められた。 「どちらにおいでですか?」 「ちょっと、ここに宿泊している人と約束があるんですけど…」 「どなたでしょう」 「早乙女瑞穂さんですが……」 彼女の名前を耳にしたドアマンの顔色が変わる。 「少々お待ちください」 フロントに近寄り、二、三言話すとこちらに戻ってきた。 「今夜は明日の試合を控えての合宿ですから、関係者以外の方とはお会いできません。IDカードはお持ちですか?」 当然、里美も私もそんなものは持っていない。 「では、リーグの規約に抵触しますので、誠に申し訳ございませんがお引き取りいただくほかはございません」 ドアマンは毅然とした態度で言う。 「どうしようか。石岡先生」 「どうすると言っても、試合前の選手を外界と接触させないために、ホテルにチームで宿泊させてるんでしょう」 「困ったなあ。瑞穂のチームは監督が厳しいから、ケータイも取り上げられてるはずなのよ」 私たちは思案に暮れていた。 「あー、里美。来てくれてありがとう」 エレベーターを降りて、こちらに真紅のジャージ姿の女性が駆け寄ってくる。彼女こそが、早乙女瑞穂のようだ。 「よかったわ。ホテルの人に規約で入れないと言われて…」 里美と瑞穂が手を握り合う。 「そうなの。ゴメンね。ちょっと、いろいろあって」 瑞穂の目線が私に向けられた。 「石岡先生ですね。いつも作品を楽しく拝見しています。今日は無理を申し上げてすみませんでした」 ペコリと頭を下げられて、私のほうは恐縮してしまう。 「いえいえ。こちらこそサッカーの技術向上にも、知識獲得にも役立たない内容なのに、ありがとうございます」 私の言葉に瑞穂は声を上げて笑った。 「さあ、私の部屋に来てください。お話はそちらでゆっくりと」 ● 「えっ、脅迫状ですか」 瑞穂の部屋に招きいれられた私と里美は、彼女から今夜呼ばれた理由を聞いていた。 「そうなんです。明日の優勝戦で東京ヴァーゴが勝ったら、私を殺すって」 瑞穂がうつむいて言った。 「でも、どうしてそんな……」 「実は明日の試合に勝てたら、私はアメリカのクラブチームに移籍する予定なんです」 「へー、それはそれは」 「アメリカでは2000年の3月に世界初の女子サッカーのプロリーグが組織されました。女子サッカーがもっとも盛んな国はアメリカなんです。99年の女子のワールドカップも優勝してますし」 「カッコいいわね。絶対に瑞穂ならアメリカで活躍できるわ」 「ありがとう。でも、父は……オーナーですけど、私がアメリカに行くことに賛成ではないんです。だけど私の意思が固いのを知って、今シーズンにチームが優勝できたら移籍を認めると約束してくれました」 瑞穂はベッドの上に広げてある「東京ヴァーゴ」のユニフォームを見つめた。 「そのことを知ったストーカーが、私の移籍を阻止するために脅迫状を送ってきたんだと思います」 「それは、アメリカに行ってしまうと間近で応援できなくなるからってこと?」 「たぶん…」 「ひどい話だね。そいつはストーカーじゃない。フーリガンだよ」 憤った私の言葉に、里美が冷ややかな目で言う。 「呼び方なんてどっちでもいいわ。この段階ではあまり意味がないんだから」 「いや、でも……」 私が反論しようとすると、ドアがノックされる。 「ルームサービスだわ。さっき軽食を頼んだから」 瑞穂が立ち上がってドアに向かう。ところが、ドアを開けて入ってきたのは、ホテルマンではなかった。 |
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