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「石岡君、旅番組のリポーターになる」5 優木麥 |
| 「鬼ごっこで終了時に鬼だった人は、一年間この村で暮らすなんて…。シャレですよね」 思わず私は村長に確認する。そんな無法があるものか。 「シャレでも冗談でもありません。郷に入りては郷に従ってもらいますぞ」 「そんな、メチャクチャだわ」 マリが憤慨して叫ぶ。他のスタッフの気持ちも同様だろう。 「だまらっしゃい!」 村長は一喝した。 「あなたたちは、この村の風習や厳格な掟を軽んじているから、そういう発言が出るのです。私達が無理やり参加させているわけではない。そちらから、是非とも参加したいと申されたので、特例として許可したのです。それを、気分で出ないだの、ルールがどうだのと、クレームをつけられた義理ですか」 「そうはおっしゃいますが……」 「勝てばよろしい。逃げ切れば、何の問題もないでしょう」 「でも、どうせなら村の人たちだけでおやりになれば、問題はないのに…」 「祭りの掟を客人の都合で変えるわけにはまいりません。ただし、そちらはテレビ撮影で来られているのだから、特別にハンディカメラを持っている者、一名のみは撮影スタッフとして免除しましょう。つまり、ハンディカメラで撮影している人は、鬼が触れないというルールを付け加えてもよろしい」 「やったー」 ADの山崎が両手でガッツポーズを作る。 「では、そろそろスタートです。鬼になったら、このすみれと手をつないで移動しなきゃなりませんぞ。彼女がいれば、村の地理に不案内な客人でも少しは役に立つでしょう」 祭りの正装なのか、すみれは白装束だった。 「では、10数えたら始めますぞ」 広場にいた者はみな慌てて四方に逃げ去っていく。 ● 遠くに逃げて、茂みにでも身を潜めるのが常道なのかもしれない。街灯もない夜の暗さを考えれば、十分に鬼をやり過ごせる気がする。しかし、私は一度、村長の家に戻っていた。家に入ることが反則かどうかは「施錠されている場所には入れない」というルールらしい。だから、村長の家の鍵が開いていれば入っても構わないのだ。なぜ私が村長の家にこだるかというと、着替えの問題である。なにしろ、温泉でで一風呂浴びてサンダル履きに、浴衣姿で強制的に参加させられたのだ。走り回らなければならないこの鬼ごっこで著しく不利である。まずは、茂みにでも隠れられるように服装を整え、駆けても大丈夫なように靴を履いておこう。 「い、石岡先生?」 突然、声をかけられて私は心臓が止まりそうに驚く。村長の家の玄関近くの竹薮から顔を出しているのは、マリだった。 「よかった。村の人だったらどうしようと思ったから…」 マリの顔が青ざめている。無理もない。万が一、鬼のまま終了すれば、この村に一年間住まなければならないのだ。 「マリさん。ちょっとぼくは着替えてきますので……」 「怖いの、石岡先生」 「わかります」 「もっと側に来て…」 マリの言葉に私は彼女に近寄った。マリの手が私の腕を掴む。 「ゴメンなさい。石岡先生」 「いえ、大丈夫ですよ。ぼくは……」 「違うの。私が謝ったのは、鬼にしてゴメンなさいってことなの」 「えっ…?」 マリの顔がニンマリと笑顔に変わる。そして、竹薮からは白装束姿のすみれが出てきた。彼女の存在を隠すために、マリは竹薮から出ずに私を呼んだのだ。一杯食わされたことになる。 「そ、それはないでしょう…」 私は泣きたくなった。人を信じてこんな目に遭わされたのだ。 「まあ、ゲームなんだからお互い様よ。あら、ダメよ石岡先生。触られた鬼への触り返しは禁止ですからね」 悔しかった。私はすみれと手をつなぐ。これから〃鬼〃になって、誰かに鬼を転嫁しなければならない。 ● 「あれー、迷っちゃったかなあ」 すみれが小首を傾げる。私は頭を抱えてしまう。 「しっかりしてよ。すみれちゃんは、この村の人じゃないか。どうして道に迷うの」 「だってー、夜だし…」 さっきから私とすみれはそんな会話をくり返している。彼女の魂胆はわかっていた。私をこのまま朝まで鬼にしておきたいのだ。それが村の総意だと思う。だから、村人達は、どこか一箇所に固まっていて、実質的にはこの鬼ごっこに参加しているのは、私を含めたテレビスタッフの人間だけかもしれない。 「どこか、心当たりがあるでしょう。みんなが隠れていそうなところ」 「ないの。まったくわからない」 すみれは私に協力する気がまったくない。こうなると、彼女の存在はハンディ以外の何者でもない。なにしろ、手を離すわけにはいかず、グルグルと人気のない場所を引きずりまわされているだけだ。 「このままじゃタイムアップになるよ」 「いいじゃない。そしたら、この村で暮らせば。石岡先生も気に入ると思うよ」 「確かにぼくはこの村の雰囲気とか好きだけど、やっぱり一年間住めというのはキツいんだよなあ」 「逃げた人がいるんだって」 「えっ…」 「20年ぐらい前にも、村以外の人が参加して、この鬼ごっこで鬼のまま終わって、本当は一年間暮らさなければならなかったのね。でも、その人は、夜逃げしちゃったんだって」 20年前、夜逃げした人。私はすみれの言葉に引っかかるものを感じた。たしか、津和野が彼女をトンネルに置き去りにして逃げたとき、自動車事故を起こした人間は「ある事情で村を出ようとしていた」と言っていた。多分間違いない。その男こそが、鬼ごっこで負けながら、強引に村を出てしまった者なのだろう。 「あ、ここは…」 私とすみれはいつのまにか村はずれのトンネルの前に来ていた。20年前、津和野とすみれの兄妹が別れ別れになった場所だ。 「手を離さないで。石岡先生」 すみれが不安そうに言う。20年前の幼かった日の悪夢がよみがえってくるのだろう。握る手に力を込めてきた。 「大丈夫、大丈夫だから」 私はそうすみれを落ち着かせようとするが、彼女はしゃがみ込んでしまった。 「怖いの。またひとりになってしまいそう」 「いや、大丈夫です」 そんなやりとりを続けていると、時間が過ぎていく。いつのまにか、夜の闇が薄らいできている。朝だ。六時の時報が鳴ったら、私は鬼のまま終わってしまう。そうなると、私は一年間、この村に住まなければならないのだ。 「すみれさん、あの……」 そのとき、トンネルの向こうから誰かが走ってくる。一瞬、身を固くする私達だが、相手の顔がわかって安心した。津和野だった。 「石岡先生、もう迷いません」 「えっ…」 「私に触ってください。鬼になります」 津和野がタッチを求める選手のように手を出した。私は言われるままに、その手を握りしめる。これで鬼は津和野だ。 「さあ、すみれさん。お兄さんの下へ」 「えっ…お兄ちゃん?」 信じられないという表情のすみれは津和野の手を握る。そのとき、午前6時を告げる時報が遠くで鳴り響いた。 |
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