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「石岡君、野球チームを買う」4 優木麥 |
| 「試合だー!」 キャッチャーの浜西は、そう叫ぶとマッスルポーズを取る。気合が入る彼と対照的に私の表情は暗い。環太平洋草野球連盟の1チーム、馬車道カプリコンズの存続のために、新オーナーとして就任することを承諾した。そして、オーナー会議において精一杯のアピールをし、何とか認めてもらえたかと思った矢先……。 「査定試合なんて、初耳だったよ」 私はマネージャーの角田に恨みがましく言った。オーナー会議から帰った私達は、馬車道カプリコンズのメンバーが集うスナックに寄っている。 「いえ、最初にあまり多くの条件を口にするのも何だなと思いまして……」 「だって、試合で勝つなんてさあ」 「石岡先生、試合だー!」 ビールのジョッキを片手に浜西は真っ赤な顔で叫ぶ。 「別に石岡オーナーが試合に出るわけではありません。大丈夫、皆で不屈の闘志で闘いますから……」 そう言われて、私は気がついたことがある。 「今さらなんですけど……」 「何でしょうか」 「このチームの監督にまだお会いしてないよね」 オーナー就任を依頼されてから顔を合わせたのは、前オーナーの矢木と、マネージャーの角田、そして数人の選手だけである。 「どんな人なんですか。監督さんは?」 試合をする以上、監督との意思の疎通は必要だ。またオーナーとしても、監督に挨拶しておかなければならない。 「お会いしたいですか?」 角田がいたずらっぽい目で私に問いかける。そのいわくありげな視線が気になったが、いずれにせよ監督には会いたい。 「ええ、もちろん」 「実は、このお店にすでに監督は来ているのです」 「えっ、そうなんですか?」 驚いた私は店内を見回すが、深夜のため、ほとんどカプリコンズの貸切になっていて、他の客はいない。目の前にいるメンバーは、すでに顔を合わせた者ばかりだ。 「どなたですか。わからないんですけど……」 私は正直に言った。 「石岡さん、試合だー!」 隣では浜西が私のグラスにジョッキをぶつけると、勝手に乾杯して飲んでいる。 「わかりました。石岡オーナーに、監督を引き合わせましょう」 「お願いします」 「監督の名前は、マチコ・ホーン。外国人監督です」 「そうなんですか」 草野球チームなのに、国際的なチーム編成である。プロ野球でも、最近は大リーグから監督を招いている。環太平洋草野球連盟と大層な名前だと思ったが、やはりインターナショナルな部分があるということか。 「別室におりますので、呼んできます。しばし、お待ちください」 マネージャーの角田が奥の部屋に消えた。 「外国人の監督なんて、すごいじゃないですか」 私は前オーナーの矢木に笑顔で言った。ベースボールと野球は違うと言われるが、合理的な判断で試合を組み立て、選手の人心を掌握する外国人監督からは、日本の野球人も学ぶところが多い。そんな人物が陣頭指揮を取ってくれるのなら心強い。 「石岡先生、試合だー!」 浜西がジョッキを差し出す。気分が良くなった私は自分のグラスをぶつけて乾杯をした。 「ハーイ、ミスター・イシオーカ!」 調子っ外れの声がした。私は恐る恐るその方向に目をやる。 「マイネームイズ マチコ・ホーン!」 声の人物は、金髪のカツラをつけ、口紅を塗り、ラメ入りのジャケットを着た……角田だった。ついさっきまでここに座っていたマネージャーの角田が、金髪女性のコスプレをして出てきたのだ。 「ニューオーナー、ミスター・イシオカ?」 「あっ……ハイ…」 私は口をポカンと開けてしまう。 「ナイストゥーミートゥー」 握手を求められて、自動的に応じる。悪夢を見ている気分だ。 「つ、角田さん……一体、これは……」 「ノーノー、ミスター・イシオカ。ワタシは、マネージャーのツノダではありません。バシャミチカプリコンズのベースボールマネージャーでーす」 角田は……いや、マチコは私の肩を親しげに叩いた。環太平洋草野球連盟は、厳格で、品位に厳しいと聞いていたのに、かなり寛容な部分もあるようだ。しかし、私にはその基準が全く不明である。 「あらためて紹介します。彼女こそが、我が馬車道カプリコンズ監督のマチコ・ホーンです」 矢木の言葉に私は力なくうなずいた。 「石岡オーナー、試合だー!」 浜西は状況に関係なく叫んでいる。その言葉にも私はうなずいた。確かに試合である。それだけは間違いない。 ● 「今日は……試合だー!」 ロッカールームで浜西が叫ぶ。彼は酔っていてもシラフでも、テンションがあまり変わらないようだ。またもや対照的に私の気分は低い。 「ピッチャーが来れないって言うのは、どういうことですか」 眉間にシワを寄せてマネージャーの角田に尋ねた。彼は、まだマチコ・ホーンには扮装していない。試合直前に変わるのだろう。 「急にお客さんからのクレームが入っちゃったそうなんです」 角田の顔色も悪い。 「ウチのエースは食品メーカーの営業でして。何だかんだ言っても草野球ですから……。本業の仕事を優先せざるをえないんです」 「よっしゃー試合だー!」 浜西の叫びは、会話の流れや、その場の雰囲気には関係なく発せられるようだ。 「2番手、3番手のピッチャーに招集をかけたんですが、今朝の依頼なものですから……。それぞれがコンディションを整えていなくて……。デートだとか、昨夜飲み過ぎたとか…」 角田は頭を抱えている。私はさらに尋ねた。 「では、現段階でピッチャーはいない……ということですか?」 「そういうことになります」 絶望的な宣言だった。野球は投手力に多くを委ねるスポーツだ。その肝心要のピッチャーがいないのでは、話にならない。勝負以前の問題と言っていい。 「どうしましょうか」 「ウーン……」 「試合だー!」 それはわかっている。 「野手で中学のときに投手経験のある選手もいます。彼を今日だけ登板させましょうか」 角田の意見が現実的に見えた。しかし、私は心のどこかで納得がいかない。現状の最高の戦力で戦わなければ査定試合の意味がない。野手のレギュラーを投手に回せば、その守備に穴が空く。ましてや慣れていない投手起用など、とてもチームプレーを期待できるレベルにならないだろう。 「グラウンドで采配を振るうのが監督。オーナーの仕事は、選手が最高の試合が出来るように環境を整えること……だったよね」 「そうですが……」 「だったら、ぼくがピッチャーを連れてきます。それがオーナーの仕事ですからね」 「石岡先生……」 「先生じゃなくてオーナーだよ」 私は携帯電話を取り出した。心当たりの人間に何本か電話をして、ピッチャーを派遣してもらえないか頼むのだ。 「試合だー!」 叫ぶ浜西の肩を私は叩いた。彼らに最高の試合をさせなければならない。 |
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