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「石岡君、討論番組に出る」2 優木麥 |
| 「竹馬の友の御手洗さんと一緒に出演してくれなきゃ…」 小俵の責める口ぶりが私を狼狽させる。 「いえ、あの…御手洗はいま海外で……」 「どこの国? プロデューサー、中継はつなげる?」 「待ってください。ぼくにも彼の居場所はわからないんです」 動き出そうとする小俵の機先を制した。第一、彼らには訂正していないが、御手洗と私は″竹馬の友″ではない。また仮にそうであったとしても、御手洗が日本にいたとしても、100%出演を了承しないだろう。 「アクシデントだなあ。予想外だよ。どうする、プロデューサー?」 渋い顔をする小俵の姿に、私はあきれる。出演依頼の電話の段階では、一言も御手洗のことには触れられていないし、いい加減この上ない。 「パターンBでいきましょう」 プロデューサーとおぼしき人物が断を下した。私には″パターンB″なるものの意味は皆目見当もつかない。 「よーし、じゃあ進行を変えます。今日は″石岡さんシフト″でいく」 小俵が恐ろしい宣言をした。 「ど、どういうことですか?」 私は足がガクガクと震えだしそうだ。 「石岡さんに今日の話題の中心をお願いします」 ● 「では、討論に入る前に本日の論客達に、まずは名乗りを挙げてもらいましょう」 司会者の小俵陽太郎はマイクを握り締めるとカメラ目線になった。私は生きた心地がしない。番組がスタートして、まだ一分も経過していないが、すでに帰りたい気分で一杯だ。 「先日、生まれて初めて合コンなる集まりに参加してみました」 小俵が難しい顔のまま話し始める。 「普通はある程度、年齢別で集まるらしいんですが、あえて取材の申し込みをして、私はオジサンですけど、若い人たちのグループに入れてもらったんです。若い人たちの純粋な熱気というのは、心地よいものですね。自己紹介や簡単なゲームなども行なわれ、和気あいあいとした中にも、自分にとって最良の異性を真剣に探そうというエネルギーを感じられ、有意義な時間を過ごせました」 気鋭のジャーナリストが合コンに興じているさまが滑稽に感じたのか、観覧者席からどっと笑いが起きる。 「私は、絶対王政には反対の立場をとってきましたが、王様ゲームのときのみ、変節者になったことを白状します」 さらに笑いの渦が大きくなった。私は何が始まったのか、事情が飲み込めていない。 「それから、エミリちゃんは可愛かったです。オジサン、ちゃんと番組で言ったぞ。罰ゲームで言わなきゃならないことになっていたので……失礼しました。司会を勤める小俵陽太郎です」 拍手と笑いが同時に起きた。 「では、順番にお願いします」 小俵の合図で、隣にいた白衣姿の男がマイクに向かう。 「本日のテーマを聞いてから、ずっと何がふさわしいか考え続けておりました」 白衣の男はカバンからタッパーを取り出す。 「ようやく出た結論は、カラシです。それに尽きると思います」 そう言いながら白衣の男はタッパーを開けて、竹輪を取り出す。 「それは、竹馬の友じゃなくて″竹輪の友″だ」 代議士の弾上が絶妙のタイミングでツッコミを入れる。白衣の男はニッコリと微笑むと、竹輪にカラシをつけて齧った。 「失礼しました。私は、精神科医の白林です」 拍手の中、私はようやく理解した。出演者達に、ユーモアに富んだ自己紹介を求められているのである。私は髪の毛がそそり立ちそうになった。単なる挨拶でさえ、心臓がバクバクと鳴るのに、さらに一工夫しろと言われては、手も足も出ない。 「最近、元日本代表選手だなんて誰も忘れてしまっているのですが、『七人のカタライ』に出たことがあると言うと『ああ、見たことがある』と反応してくれます。下手をすると、サッカー中継でも『七人のカタライで活躍中の…』という説明をされてしまう。いっそのこと肩書きを『七人のカタライ・準レギュラー』に替えようかと真剣に悩んでいます。スポーツ評論家のアディオス火野です」 三人目の紹介も終わった。順調に観覧者に受けている。席順でいけば、なんと私が七番目に位置する。つまり、最後のトリを飾るのだ。とてもではないが、このままの流れが続くと、私にかかるプレッシャーは計り知れない。しかも、人気番組の掴みの場面なのだ。私一人が恥を描けば済むという問題でもないだろう。なんとか、場を取り繕わなければならない。カメラが私を映していないときを狙って、私はディレクターに合図した。すぐに彼が飛んでくる。 「どうしました、石岡先生」 「気の利いた挨拶なんか考えてありません」 「自然体で結構ですよ。そんなに力まなくていいです」 「いえ、でも……」 「わかりました。ご心配なら、石岡先生の順番が回ってきたときに、ADにカンニングペーパーを出させますので、それを読んでください」 救いの一言である。私はディレクターにお礼を言った。 「……というわけで、帰省した私は女房に『竹馬の友を用意しといてくれ』と頼みました。彼女が二つ返事で受けてくれたので安心していたら、その晩、夕食の席についた私の目の前には焼酎のボトルがあります。銘柄は『竹馬の友』」 観覧者達は面白がっている。さすがにプロだけあって、みんな話のツボを心得ているようだ。 「まあ、その『竹馬の友』も嫌いではないので、楽しませてもらいましたけどね。映画監督の鬼山修平です」 ちなみに番組でよく怒鳴っているイメージがあるのは、この鬼山監督だ。五分刈りの頭に丸メガネが剛直な印象を増幅している。これで4人の自己紹介が終わった。5人目は、先ほど私が知り合った代議士の弾上だ。 「私も本日のテーマをいただいたときに、自分にそういう友人がいたかなと探してみることにしました。名簿を引っ張り出して、写真と出身地を眺め、なんとか五人ほど心当たりがつきました。しかし、さっき番組が始まる前にディレクターと話していると、どうも話がかみ合わない。よく考えてみたら、私が集めたのは″筑波の友″で、出身地がそこだというだけでした」 とりたてて面白い話ではないが、人気政治家らしく、オーバーな身振り手振りで話に観衆を引き込んでいる。 「失礼しました。参議院議員の弾上です。よろしくお願いします」 六番目の出演者は女性だった。 「私は自分の息子に尋ねたんです。『カッ君には竹馬の友がいる?』と。すると、彼は『いるよ、ちょっと待って』と言って携帯電話を取り出し、アドレスをグルグルと調べ始めました。その作業がなかなか終わらないものですから、私は思わず怒鳴ってしまったんです」 一旦、間を置いてから女性は話を続けた。 「それは『カッ君、竹馬の友の番号ぐらい、短縮ダイヤルで登録しておきなさい』って。空間デザイナーの藁科ミオです」 これで六人の紹介が終了した。いよいよ私の番である。私が目線を動かすと、約束通り、ADが文字の書かれた紙を掲げている。 「えー、ミステリーとかけて、テリー夫人と読む」 あまりにも私らしくない挨拶だが、こちらから依頼した以上、仕方がない。 「そのココロは?」 司会者の責任からか、小俵が合いの手を入れてくれた。 「ミス・テリー!」 口にしながら、私は恥ずかしくて顔から火が出そうだ。観覧者からはまばらな笑いしか聞こえない。 「テリー夫人なら、ミセス・テリーでしょう」 代議士の弾上がツッコミを入れてくれる。 「……作家の石岡和己です。よろしくお願いします」 前途多難を絵に描いたようである。 |
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