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「石岡君、怪盗と対決する」1 優木麥 |
| 「怪盗に対するは、やはり名探偵。石岡先生にご登場いただければ、ワシは百人力ですわい。ワッハハハ」 万田久作はくわえた葉巻に純銀製のライターで火を着ける。私は、腰まで埋まりそうなソファの上で居心地が悪い思いをしている。 「まあ、こんな予告状を出したことを後悔するわけですな。臭い飯を食いながら。ワッハッハハハ」 万田が大理石のテーブルの上にA4の紙を放った。私はこの場に身を置いていることが恥ずかしくて言葉も出ないのに、隣の里美はニコニコ顔で紙を手に取った。 「13日の金曜日、貴殿の百個目のお宝を頂戴に参上する。怪盗ゲットハンドレットより」 里美が芝居っ気たっぷりに内容を読み上げた。 「本物の予告状って初めて見ました。カードだったり、オリジナルマークが入ってるのかと思ったら、ふつーにプリントアウトした紙切れなんですね」 「そこが人騒がせなイタズラと区別のつかんとこでけどな。まあ、ワシも取られたら困るお宝だらけのオトコなもので、念を入れておこうと思った次第です。商売も、石橋を叩いて渡ってここまできましたのでなあ。ワッハハハ」 万田は裸一貫で不動産業で身を立てた人物である。 「それにしても、ゲットハンドレットに狙われているお宝はどれなんでしょうね」 里美が室内をキョロキョロと見回す。応接室のこの部屋にある調度品だけで、総額いくらの値がつくのだろう。棚の上に無造作に飾られたアンティークドールや、宝石の埋め込まれた置時計などは、車一台分の金額と言われてもおかしくない。 「そこなんですわ。お宝いただくも何も、ウチにあるモンは全部お宝と言っても恥かしくないですからなあ」 「ごもっともです」 里美はわざとらしく、小さな手帳とペンを取り出した。 「とはいえ、ゲットハンドレットが狙うのは、必ず“百”に絡んだ宝です」 現在、世の中の話題の怪盗ゲットハンドレット(百を手に入れる者)は、里美の言葉通り、百にちなんだ宝を盗む。シリアルナンバー100の限定品や、美術商が売る100枚目の名画、あるいは名ブリーダーが育てた100匹目のショーキャットなどが次々と狙われた。そして、厳重な警備の目をかいくぐって、怪盗の手に落ちたのである。ただ問題なのは、いずれのケースも予告状には「百個目のお宝をいただく」としか記されていないため、今回の万田のように予告された相手としても、何を守ればいいのかわからない場合がまま発生していた。その間隙を突かれて、不覚を取るケースが多いのだ。 「見当もつかないというのが本音ですわ」 万田はお手上げのポーズをすると、また大笑いした。 「13日が今日ですから、今夜一晩守らなければならないのですが、敵のお目当ての宝を絞り込まないと、効率が悪いです」 里美がもっともらしいことを言う。 「石岡先生は、いかがお考えですかな」 万田が私に質問してきた。心音が早まり、冷や汗がどっと出る。 「そ、そうですね……」 「やはり、ここは専門家のご意見を伺わないとね」 万田は勘違いしている。私は専門家ではないし、ましてや名探偵でもない。だから、万田から警護の依頼があったとき、強硬に拒否したのだ。ところが、その場に居合わせた里美が無責任、無邪気にも「わかりました。お引受しましょう」などと、まるで私の秘書のような対応をしたものだから、こんな事態に至っている。 「2つの可能性で石岡先生は大丈夫よ」 と彼女はこの屋敷に来る前に私に請け負った。 「ひとつ目は、万田さんに届いた予告状が単なるイタズラで、今夜何事も起こらない可能性。もうひとつは、もし本物だとして怪盗ゲットハンドレットに盗まれてしまったとしても、いままで誰も捕まえていないんだから、石岡先生の責任が追及されることはないってこと」 「そんな、相手に悪いよ」 「いいじゃないの。それで、万田さんは精神的に安心するんだし、私達は美味しいディナーをふるまわれるんだから」 「よ、よくない……」 反論してみても、時はすでに遅い。私は万田邸に向かう車中だったのため、どうしようもなかった。 そして、いま万田から意見を求められている。ゲットハンドレットが何を狙っているのか。もちろん私にわかるはずもない。私のような素人が簡単に推察できるのであれば、とっくに彼は掴まっているだろう。 「どうですか。石岡先生」 重ねて万田が尋ねてきた。私は何かを口にしなければいけない。 「そうですね。あの……宝はこの部屋以外にもあるんですよね?」 「もちろん、倉庫一杯分ほどありますわ。ただ、どうしても盗まれたくない高価なモノだけ、この部屋に移しました。倉庫にも警備はつけとりますが、差し当たってはこの部屋の宝が守られれば、ワシとしては万歳ですわ」 私の質問はとくに意味があるわけではなかった。時間稼ぎのつもりだったので、すでに質問のタネは尽きた。万田は興味津々の目で私を見つめている。仕方ないので、私はもう適当に宝の積んである一角を指差す。 「あれなんかは、ぼくにはお金の価値がわからないぐらいのモノですから、怪盗にしても目をつけるんじゃないでしょうか」 私の指先は一角の宝の山を大雑把に指している。こうすれば、あとは万田が勝手にどの宝か判断すると思ったのだ。ところが、万田の反応は私の予想以上だった。 「い、石岡先生。ほ、ホントに……それが狙われてるんですか?」 万田の顔色が変わっている。先ほどまでの余裕が失われて、唇がわなわな震えているほどだ。 「えっ、いやその……ただのカンですけど…」 「それを取られたら、ワシは生きておれん」 「ま、万田さん!」 私はやり過ぎたかと訂正しようとするが、万田は葉巻を落とすと、宝の一角に駆け寄った。そして、一番上にあった豪華な写真スタンドを取り上げる。フレームには宝石が散りばめられてそれだけでも数百万円だろう。 「ワシの、命に次に大事な宝ですわ」 「は、はい……」 「さすがは石岡先生。目の付け所が違う」 「い、いえ……」 「おっしゃる通り、これはお金に換算などできん。ワシの新妻の百子ですからな」 「えっ…?」 万田の手の写真スタンドに入っていたのは、万田自身と妻の百子のスナップ写真だった。海外のホテルのテラスで仲良く写っている。 「石岡先生、ワシの宝は、百子ですから。たしかに百の字が名前に入っとる。それをワシから奪うというのか、怪盗ゲットハンドレットは!」 「いや、まあ、さすがにそれは……」 「それはって、石岡先生が指摘したんですぞ」 「ま、まあそうなんですけど……」 「とにかく、百子さんをこちらの部屋にお呼びしておいたほうがいいと思います」 里美が助け舟を出してくれた。万田はすぐに内線電話の受話器を手にした。そのとき、部屋のドアがバタッと開く。 「も、百子……」 ブラウス姿の女性がタオルで顔を覆っている。彼女が百子なのだろう。写真を撮ったのが最近だとすると20代前半に見える。万田との年齢差は30歳近いはずだ。 「あ、あなた……私、奪われちゃったの…」 「な、何を…?」 「ゲットハンドレットに100回目のキスを奪われちゃった……」 百子はそう言うとソファにへたり込む。顔はタオルで覆ったままだ。 「い、石岡先生。追ってください。まだその辺にいるはずだ!」 鬼の形相で叫ぶ万田の迫力に押されて、私と里美は部屋から駆け出す。だが、広い屋敷の中でどこを探したらいいのかわからない。右往左往するうちに、私の携帯電話が鳴った。相手は万田である。 「もしもし石岡先生。やられました」 「どうしたんですか」 「さっきの女……百子じゃなかった。あいつがゲットハンドレットでした」 |
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