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「石岡君、討論番組に出る」1 優木麥 |
| 「一言間違えれば、暴言多謝。二言間違えたら、スタジオ騒然。三言間違えたら……放送事故。さあ土曜の夜は、その気にディスカッション。『七人のカタライ』の時間がやってまいりました」 クリームブリュレのように丸く切り揃えた頭の司会者が口火を切った。楕円形のテーブルには、彼の言葉通り、七人の論客が座っている。いや、訂正しよう。座っているのは、六人の論客だ。どう考えても、私自身を数に入れたら、論客という言葉の定義が疑われるだろう。 「毎回、アップトゥデートな話題を取り上げて、識者の方々に討論いただくこの番組ですが、今回は『どうする、どうなる、竹馬の友?』をテーマに設定しました」 司会者の仕切りによって番組は進行していく。私はうつむいて後悔の念に苦しめられている。なぜ私が討論番組にノコノコと出演しているのか。自分でも説明しにくい。なにしろ気が付いたら出演が決まっていたようなものだ。 まずは、この出演に至る経緯から説明していこう。あれは三日ほど前、自宅の電話を取ると、挨拶もなしにいきなり怒鳴られた。 「あなたは竹馬の友について語るべきだよ!」 私は絶句する。 「今の日本であなたが語らなかったら、誰が口を開くの? 国民はみんな、あなたの真実の言葉を聞きたがっていると思う」 「あ、あの……」 一方的に話を進められても、こちらは戸惑うだけだ。 「土曜日の『七人のカタライ』で、発言してよ。午後9時スタートだから、一時間前にテレビ局に来てもらう。ハイヤーで迎えに行くからね」 「え、いや、ぼくは……」 「司会の小俵陽太郎です。では、当日お目にかかりましょう」 電話は切れた。私が受話器を取ってから、ほんの三十秒も経っていない。その瞬間はまさにキツネにつままれたような気分だったが、あとになってジワジワと生放送の討論番組に出ることへのプレッシャーが沸いてきた。「七人のカタライ」は、土曜の夜の人気番組である。毎回、ひとつのテーマを設定して、その問題の研究家や、評論家、あるいは政治家などが出演し、生放送で話し合うのだ。テーマは世界情勢から芸能ネタまでバラエティに富んでいる。ただし、いかなるテーマであろうと、出演した論客達は口角泡を飛ばすほどの議論を見せるのが定番の風景だ。ときには「バカヤロー、オレが言ってるのはそんなレベルの話じゃないんだー」などの暴言も飛び、つかみあいの喧嘩寸前まで白熱することも珍しくない。むしろ、そんな出演者の生々しい姿や、むきだしの感情のぶつけあいが視聴者に面白がられて視聴率がいいとの噂もある。だが、真面目に論戦するにせよ、殴り合い一歩手前の激論を交わすにせよ、私が出演するのにふさわしい番組とは思えなかった。比較するならという仮定の上でだが、料理番組のほうが似合っている気さえする。 「えっ、『七人のカタライ』に石岡先生が出演するの?」 相談した里美も目を丸くした。 「あれは自己主張の強い人じゃないとやってられないわよね」 「やっぱり里美ちゃんもそう思う?」 「自分に発言権が回ってくるのを待っていたら放映終了まで一度も発言できずに終わりそう」 「なんで、ぼくにお鉢が回ってきたのかなあ」 私はそこが心底不思議だった。 「テーマは『竹馬の友』か。もしかしたら、石岡先生と御手洗さんの関係を、竹馬の友だと勘違いしたんじゃない?」 里美の言葉は、まんざら的外れでもないような気がした。 「その可能性はあるね」 「きっとそういうことよ」 「じゃあ、事情を説明して、出演を断らないと…」 皆さんはご存知だと思うが、私と御手洗潔が出会ったのは、成人してからである。 「やめときなさいよ」 里美が受話器を持つ私の手を止めた。 「別にいいじゃない」 「いいって…?」 「出演すればいいじゃん」 今度は私が目を丸くする番だ。 「冗談じゃない。気楽に言わないでよ。生放送なんだよ。ガチガチに討論するのを知ってるクセに。とても、ぼくなんかあの輪に入っていけないよ。怖い人に『バカヤロー』とか罵られそうだし……」 「大丈夫よ」 並べ立てる私の不安など意に介さず、里美はニコニコしている。 「だからこそ、石岡先生に発言権なんか回ってこないわよ」 里美は笑顔で言った。 「あそこで何かを強く主張する目的だったら、とても厳しいけれど、石岡先生は違うでしょう。何一つ発言する気はないんだから、構わないんじゃないの。勝手に皆さんにカンカンガクガクやってもらってればいいじゃん。極端な話、放映終了まで座って出演者の話を聞いてればいいのよ」 「そんなこと言ったって……」 「他の出演者もそのほうが喜ぶわよ。発言者が少なければ、それだけ自分のアピールする時間が増えるんだもの」 里美の言葉は私の出演キャンセルの意思を徐々に溶かしていた。 「でも、せっかく出演しておいて、TV局の人に申し訳ないよね」 「気にすることないわ。こちらの都合も意思も確かめずに、一方的に出演承諾させたんだから、ノープロブレム。むしろ、今さら出演をキャンセルされるほうが、よほど困るんじゃない」 彼女の意見は説得力があった。そもそもあの小俵の電話が出演交渉とは呼べない。私自身は出演を承諾したと思われるのは心外である。とはいえ、事態がここまで進行した以上、相手が引き受けたと認識していることを断るほうが気が引ける。 「ね、悪くないでしょう? 最前列でナマ観戦してればいいのよ」 「そう考えたら、少しは気が楽になってきた」 もちろん、後に私達はその思惑が相当甘かったと思い知らされることになる。 ● 土曜日がきた。放映開始の一時間前のテレビ局入りが可能な時間に、ハイヤーは馬車道の自宅に迎えに来てくれた。滞りなく、テレビ局に入った私は、出演者の控え室に案内される。ドアの向こうから怒号が聞こえた。 「ダメだ。この進行じゃ面白くない。視聴率を逃すよ」 大声を出していたのは、私に出演依頼の電話をかけてきた人物。この「七人のカタライ」の司会者である小俵陽太郎である。 「いつものことですから。どうぞ気になさらず」 案内してくれたADはノンキにそんなことを言うが、ただでさえ緊張している私は、さらに気持ちが萎縮してしまう。それでも、廊下に突っ立っているわけにもいかず、控え室に足を踏み入れた。 「し、失礼します」 長テーブルを囲んで会議をしていた出演者達が一斉に私のほうを向いた。 「おー、石岡先生じゃないですか」 まるで大学のボート部のキャプテンといった青年が立ち上がって私に握手を求めてきた。その態度にあふれんばかりの親しみが込められていたため、私は面食らう。 「代議士の弾上です」 「は、はい。あの…どこかでお会いしましたでしょうか?」 「いいえ、初めてですよ」 弾上は屈託なく白い歯を見せながら言った。 「そうですか。よろしくお願いします」 私は気圧されるものを感じながら頭を下げた。 「今日の討論の結果が、竹馬の友保護法案に結びつけばいいですな」 「はい。そうですね」 私には弾上の言葉がどこまで真意なのか計りかねる。 「やあ、石岡さん。今日は頼みますよ」 次に握手を求めてきたのは、司会者の小俵だ。ギュッと音がしそうなくらいの力で握られ、思わず「痛い」と声を漏らしそうになる。 「お電話では、どうも……」 「今日の討論の成否は、石岡さんにかかってる」 「いや、それは買い被りすぎで…」 「あれ、ところでもう一人の方は?」 小俵が怪訝そうな顔をした。私は猛烈に不安感が湧き上がる。 「もう一人…とおっしゃいますと…」 「御手洗さんですよ。今日はご一緒でしょう?」 平然と言う小俵に、私は唖然とする。 |
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